週末の夜、ひとりでゆっくり映画を観る時間って、ちょっとしたご褒美ですよね。
仕事や人間関係で疲れた心を、映画で少しだけ休ませてあげましょう。
今回は、そんな夜に観てほしい一本……。
『終わりの鳥』です。
「死」をテーマにした映画なので、重たそうに感じるかもしれません。
ところが、この映画は意外なほど笑えるんです。
しゃべる鳥がラップを歌い、巨大化した母親が街を走り回る。
なのに、気づけば最後には涙が止まらなくなる。
そんな不思議な映画を作ってしまうところが、いかにもA24らしい。
「最近、ちょっと人生に疲れたな」
そんな人にこそ観てほしいヒューマン映画です。
『終わりの鳥』は、こんな気分の人におすすめ
先に結論から言ってしまいます。
『終わりの鳥』は、泣ける映画を観たいけれど、ただ悲しいだけの作品は嫌という人におすすめです。
家族や大切な人との時間を少し考えたい人にも、かなり刺さります。
さらに、普通の感動作では物足りない映画好きにも向いています。
「死」という重いテーマを扱いながら、ユーモアと奇妙な映像をたっぷり入れている。
このバランスが『終わりの鳥』最大の魅力です。
「普通の感動作じゃ、ちょっと物足りないんだよな」って人にもおすすめ。
洋画らしい自由な発想と、A24ならではのクセがしっかり効いてます。
映画『終わりの鳥』あらすじ|死を告げる鳥が少女の前に現れる
主人公は、病気を抱えて余命わずかな15歳の少女チューズデー。
ある日、彼女の前に奇妙な一羽の鳥が現れます。
その鳥は、普通の鳥ではありません。
しゃべるだけでなく、歌ったり、体の大きさを変えたりもします。
そして、この鳥には恐ろしい役割がある。
地球を周回しながら、生きものに「終わり」を告げる存在なんです。
つまり、死そのものを鳥の姿にしたような存在。
それがチューズデーの前に現れたわけです。
チューズデーは、自分が死ぬことをすぐに受け入れるわけではありません。
それでも、母親のゾラが帰ってくるまで待ってほしいと鳥に頼みます。
そして面白いのが、ここから。
チューズデーは鳥を怖がるどころか、ジョークを飛ばして笑わせます。
「死」と「少女」が、まさかの友達みたいな関係になっていくんです。
A24が放つ本作は、ダイナ・O・プスィッチ監督の長編デビュー作。
2025年4月4日に日本公開され、上映時間は110分です。
『終わりの鳥』が大人の心に刺さる3つの理由
①「死」をテーマにしているのに、ちゃんと笑える
『終わりの鳥』の最大の特徴は、死を扱っているのに暗くなりすぎないことです。
死を告げに来た鳥がタバコを吸ったり、チューズデーと会話したりする。
さらにはアイス・キューブの「It Was a Good Day」に乗せてラップまで歌います。
「いや、死神が何やってんの(笑)」と思うんですが、これが妙にハマる。
死を怖いものとして描くだけではなく、
死もまた、この世界にある当たり前のものとして描いているんです。
この独特な感覚は、普通のヒューマンドラマではなかなか味わえません。
② チューズデーは「死」を前にしても、笑おうとする
チューズデーは、自分の死が近いことを知っています。
だからといって、ずっと泣いているわけではありません。
目の前に現れた鳥を笑わせ、少しでも時間を延ばそうとします。
ここが、この映画の好きなところです。
「残された時間をどう過ごすか」という話になっているんですよね。
仕事でも人生でも、「もっと時間があれば」と思うことがあります。
でも本当に大事なのは、時間の長さだけではない。
誰と過ごして、何を話して、何を笑ったかなんです。
そんな当たり前のことを、チューズデーと鳥の奇妙な時間が教えてくれます。
③ 娘を失いたくない母親の行動が、あまりにも切ない
そして、もうひとりの主人公ともいえる存在が母親のゾラです。
娘の死を受け入れられないゾラは、目の前に現れた鳥を必死に遠ざけようとします。
「死が来たから、娘を奪われる」。
母親からすれば、そんなものを受け入れられるわけがない。
娘を守りたいという気持ちが強ければ強いほど、
ゾラの行動はどんどんエスカレートしていきます。
この母親の姿を見ていると、
「自分だったらどうするだろう」と考えさせられるんですよね。
ここから少しネタバレ|母親は「死」を食べてしまう
ここからは『終わりの鳥』の重要な展開に触れます。
まだ映画を観ていない人は、ここで一度ストップしてください。
ゾラはデスを倒し、なんと食べてしまう
娘を死から遠ざけたいゾラは、ついに鳥と直接対決します。
そして驚くことに、ゾラは鳥を倒しただけでは終わりません。
鳥を焼いて、自分の体内に取り込んでしまうんです。
いや、そこまでやるか(笑)。
ところが、ここから映画は一気におかしな方向へ進みます。
ゾラの体は巨大化したり、小さくなったりするようになる。
さらに、鳥が持っていた「死を与える力」まで受け継いでしまいます。
つまりゾラ自身が、死を告げる存在になってしまったわけです。
「死」がなくなった世界は、とんでもないことになる
さらに怖いのが、ゾラが鳥を食べたことで一時的に「死」が止まってしまうこと。
生きものは死ななくなります。
すると世界は、むしろ正常ではなくなっていく。
死がなくなることは、永遠に生きられることと同じではない。
命には終わりがあるからこそ、世界が循環している。
この展開はかなり強烈です。
普通のヒューマンドラマなら「命は大切」という方向へ進みそうなところを、
『終わりの鳥』は「死があるから、生きることにも意味がある」というところまで踏み込みます。
母親は娘と一緒に「死」を届ける旅へ出る
デスの能力を受け継いだゾラは、娘のチューズデーとともに旅をします。
世界のあちこちから聞こえてくる苦しみの声。
ゾラはその声のもとへ向かい、死を与える役割を担うようになります。
皮肉ですよね。
娘を死から守ろうとしていた母親が、今度は他人に死を与える側になる。
でも、この旅を続けることでゾラ自身の考え方も少しずつ変わっていきます。
「死をなくしたい」という気持ちだけでは、命を守ったことにはならない。
そんな現実を、ゾラは身をもって知っていくんです。
最後に待っているのは、母と娘の最後の時間
ゾラは旅の途中で、チューズデーの死期が近づいていることを知ります。
ここで映画が突きつけてくるのが、ものすごく残酷な現実です。
どれだけ娘を愛していても、母親には娘の死を止められない。
ゾラの体内からデスが現れ、母と娘は家へ戻ります。
そしてゾラとチューズデーは、最後の時間を一緒に過ごす。
ゾラは娘を救うために戦うのではなく、
娘が安心して旅立てるように、最後までそばにいることを選びます。
やがてデスが翼をかざし、チューズデーは静かに息を引き取ります。
このシーンが本当に切ない。
でも、ただ「悲しい映画」で終わらないのが『終わりの鳥』です。
ゾラは娘を失ったあとも、生きていかなければならない。
その先に何があるのか。
映画は、残された人間がどう生きるのかという問いを、最後までこちらに投げかけてきます。
『終わりの鳥』は「泣ける映画」だけでは終わらない
『終わりの鳥』を観終わったあとに残るのは、単純な悲しさだけではありません。
むしろ、「今日をちゃんと生きよう」という感覚に近い。
人間は忙しくなると、目の前の時間を雑に扱いがちです。
仕事のメールを気にしながら食事をしたり、
家族との会話中にもスマホを見たりする。
でも、映画の中でゾラが最後に与えられたのは、
娘とちゃんと話すための時間でした。
その時間は、最初から当たり前に存在していたわけではありません。
失ってからでは取り戻せない時間だからこそ、今の時間を大切にする。
ここが『終わりの鳥』から受け取れる、一番大きなメッセージだと思います。
A24のおすすめ映画を探しているなら、かなり面白い選択肢
A24の作品といえば、普通のハリウッド映画とは少し違う作品が多いですよね。
『終わりの鳥』も、まさにそのタイプです。
「余命わずかな少女と母親」という設定だけを見ると、重たい感動作に思えます。
ところが実際には、奇妙な鳥、ラップ、巨大化、ブラックユーモアまで飛び出してくる。
それなのに最後は、しっかり人間の心に着地する。
「普通の感動作では物足りない」という人には、このクセがたまらないはずです。
『ミッドサマー』や『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のような、
「何を見せられているんだ?」という感覚が好きな人にもおすすめできます。
『終わりの鳥』はこんな人におすすめ
『終わりの鳥』は、特にこんな人におすすめです。
- 仕事で疲れて、少し心を揺さぶられる映画を観たい人
- 思い切り泣いて、気持ちをスッキリさせたい人
- 心に残る感動的な洋画をじっくり楽しみたい人
- 普通のヒューマンドラマとは一味違う作品を観たい人
- A24らしい独特な世界観の映画が好きな人
- 家族や人生について、じっくり考えさせられる映画が好きな人
- 悲しいだけではなく、ユーモアのある映画を楽しみたい人
逆に、明るく楽しい映画だけを観たい夜には向いていません。
でも、仕事でちょっと心が疲れている夜なら話は別です。
泣いて、笑って、少し考えて。
最後には「明日もちゃんと生きるか」と思わせてくれる映画です。
『終わりの鳥』を観た感想|人生の残り時間を考えてしまう映画
ここまで読んで、「で、実際どうなんだ?」と思った人もいるでしょう。
個人的には、かなり人を選ぶ映画だと思います。
ただし、ハマる人には強烈に残る。
ストーリーだけを見ると、かなり変です。
死を告げる鳥が出てきて、母親がその鳥を食べて、巨大化する。
文字だけで説明すると、もはや何の映画なのか分かりません(笑)。
ところが、その奇妙さの奥にあるのは、
「愛する人が死んだあと、自分はどう生きるのか」というものすごく現実的な話です。
だから観終わったあと、妙に自分の生活を振り返ってしまう。
「最近、家族とちゃんと話したかな」
「仕事ばかりで、今日という時間を雑に扱ってないかな」
そんなことを考えさせられる一本です。
社会人が『終わりの鳥』から学べる人生のライフハック
「明日やる」は、今日できるなら今日やる
映画の中で、チューズデーは母親に伝えたいことがあります。
ところがゾラは、仕事や日常のことで頭がいっぱい。
娘の話を「明日聞く」と後回しにしてしまいます。
この場面、社会人なら少しドキッとすると思います。
仕事では「明日でいい」が普通にあります。
でも、人との会話まで全部「明日でいい」にしてしまうと、
本当に大切な時間まで先送りしてしまうかもしれない。
今日できる「ありがとう」は、今日言っておく。
『終わりの鳥』を観た翌日くらいは、家族や友人に一言送ってみてもいいでしょう。
まあ、急に「ありがとう」とか言ったら、
「何?怖いんだけど」と言われる可能性はありますけどね(笑)。
『終わりの鳥』は、死について考えさせられる映画です。
でも、死を怖がらせるための映画ではありません。
むしろ逆です。
「いつか終わるからこそ、今日をどう過ごす?」
そんな問いを、笑いと涙を交えながら投げかけてきます。
仕事に追われて、毎日が同じように過ぎていく。
そんな感覚を少しでも抱えているなら、観る価値があります。
※上映時間は約110分です
まとめ|『終わりの鳥』は「今を大切にしたくなる」ヒューマン映画
『終わりの鳥』は、普通の感動作とはちょっと違うヒューマンドラマです。
笑える場面があるのに、気づけば胸を締めつけられる。
そんな独特の映画体験を味わわせてくれます。
余命わずかな少女、娘を守ろうとする母親、そして死を告げる鳥。
ところが実際には、鳥がラップを歌ったり、母親が巨大化したりする。
それなのに、最後にはしっかり泣かされる。
この振り幅こそ、『終わりの鳥』の面白さです。
そして社会人として一番刺さるのは、
「大切なことを明日に先送りしない」という部分。
ゾラが娘との最後の時間を過ごす姿を観ると、
普段なら何気なく流している家族との会話が、少し違って見えてきます。
「仕事が落ち着いたら」
「時間ができたら」
「また今度でいいや」
そうやって後回しにしていることがあるなら、今日は少しだけ向き合ってみる。
それだけでも、この映画を観た意味は十分あると思います。
とりあえず今夜は映画を観て、泣いて、笑って、
明日の朝に「昨日の鳥、なんだったんだ……」と考えればOKです(笑)。
仕事に疲れた夜、人生を少しだけ見つめ直したい。
そんなあなたに、『終わりの鳥』はおすすめの一本です。
では、また!


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